大腸がんの外科治療 -腹腔鏡手術、肛門温存術-

執筆者 院長・外科 中村 利夫(なかむら としお)

一次予防は食生活にあり

大腸は主に水分を吸収する長さ1.5mほどの単純な臓器です。しかし、大腸は同じ腸でも小腸に比べて、がんになりやすく、さまざまな病気が起きやすい謎の多い臓器なのです。その理由の一つとして腸内細菌が関係しているといわれています。人間の体の中には腸内細菌が約100種類、100兆個すんでいるといいます。人間の体の細胞が60兆個といわれていますから、ものすごい数の細菌が私たちの体内にすんでいるわけです。細菌の種類(細菌叢(さいきんそう))は食生活などの影響を受け年齢とともに変化していきます(図1)。
 

図1老化とともに移り変わる腸内細菌のバランスを表したグラフ

図1 老化とともに移り変わる腸内細菌のバランス(対数バランス)


そのバランスが崩れることにより、がんなどさまざまな病気が引き起こされるのだと考えられています。大腸がんは日本で増加が著しいがんの一つであり、大腸がんで亡くなる患者さんは、女性では第1位、男性では肺がんに次いで第2位です(表1)。

表1 がん死亡数順位(2021年)
  1位 2位 3位 4位 5位
男性 大腸 膵臓 肝臓
女性 大腸 膵臓 乳房
男女計 大腸 膵臓 肝臓

※国立研究開発法人国立がん研究センター「がん死亡数の順位(2021年)」より抜粋 


大腸がんの発生は、生活習慣と関わりがあるといわれ、そのため大腸がんを予防するには、禁煙、節度のある飲酒、食物繊維を含むバランスのよい食事、適度な運動が効果的であることがわかっています。こうした日頃の生活習慣に気をつけることを「がんの一次予防」といいます。それに加えて大腸がんで死なないために欠かせないことは二次予防といわれる大腸がん検診を定期的に受けることなのです。

二次予防はがん検診

よく戦後日本で大腸がんが増えた理由の一つとして肉やソーセージなど、食生活の欧米化が引き合いに出されるのを聞いたことはないでしょうか。大腸がんはアメリカやヨーロッパに多いがんだと思われています。ところが、近年の日本とアメリカの大腸がん死亡者数はどちらの国も年間約5万人と同じくらいです。年齢構成比が異なるので単純に比較はできないのですが、アメリカの人口は日本の2倍以上ですから、人口の割合からいったら日本のほうがずっと大腸がんで死んでいる人が多いことになります。これはアメリカ国内で大腸がん検診を受けやすくして広めてきた結果なのです。2020年現在アメリカでは71.6%の人が大腸がん検診を受け、必要があれば大腸内視鏡検査を行い、早期に大腸がんを発見することにより大腸がんの死亡率が年々減少しています。

早期の大腸がんは一般に自覚症状はありません。このため、大腸がんを早期に発見して治療するには人間ドックや大腸がん検診を受けることがとても大切になります。大腸がん検診は便潜血反応検査ともいわれ、肉眼では気付かない便中の微量の血液を検出する検査で、大腸がんの精密検査が必要な人を拾いあげる、負担の少ない検査法です。このようにがんを早期に発見して早い段階で治してしまうことを「がんの二次予防」といいます。

がん検診受診率が高い藤枝市

検診で大腸がんを早期に発見することができれば、大腸がんをほぼ100%治すことも可能です。ところが、残念なことに大腸がん検診の受診率は全国平均でわずか25%にすぎません。大腸がんになりやすい年齢を対象とした検診なので、大腸がんで死なないためにも厚生労働省もなんとかこの受診率を上げるよう推進しているのですが、なかなか高くなりません。

藤枝市では市民の高い健康意識を背景に ”健康・予防日本一” をスローガンに掲げ、高いがん検診受診率を維持しています。2019年の大腸がん検診の受診率は12.1%と全国平均(7.7%)の2倍近い成績です。高い受診率には、藤枝市が市民の皆さんに委嘱している保健委員の活動が大きく貢献しています。約千人の保健委員が藤枝市の保健センターを中心に健康の大切さ、検診の必要性を広める活動に参加しています。

実際に当院では2006年から13年の間に約1200人の大腸がん患者さんが治療を受けましたが、そのうち検診などで早期に発見されて内視鏡だけで治療が済んだ患者さんは300人ぐらいいらっしゃいました。検診で発見された大腸がんの70%以上が早期がんだったことになります。内視鏡治療ではおなかに傷がつくこともなく、短い期間で治療が終わるのですから早期発見がいかに大切か、お分かりいただけるかと思います。

精度が上がる内視鏡治療

早期がんでは治療の中心は内視鏡治療になりますが、大腸がんの治療法はがんの進行度により異なります。この進行度のことを病期(ステージ)といい、がんが大腸の壁のどれほど深くまで入り込んでいるか、また周囲のリンパ節やほかの臓器に転移しているかで病期(ステージ)は決められます。

早期がんではリンパ節転移の確率は極めて低いので内視鏡治療だけで大丈夫なことが多いのです。一方、病期が進むと転移の可能性が高くなるので内視鏡治療だけでは治療が難しくなり、転移している可能性のある周囲のリンパ節も一緒にとる手術が必要になってきます。

この場合、従来の開腹手術とともに新しい術式として腹腔鏡手術が行われるようになってきました。これまでは手術といえば開腹手術であり、大きくおなかを切っていました。一方、腹腔鏡手術ではおなかに何カ所か小さな穴を開けカメラのモニターを見ながら、その穴から専用の手術器具を挿入してがんを切除することになります。傷が小さく術後の痛みも少ないため、体の回復が早く、入院期間も短くて済むといった利点があります(図2)。がんの大きさや進み具合によっては開腹手術を行ったほうが良い場合もありますが、2019年現在、当院では大腸がん手術症例の約75.4%を腹腔鏡手術で行っています。
 

図2腹腔鏡手術

図2 腹腔鏡手術(大腸癌治療ガイドライン〈患者用〉より)

できるだけ肛門を残す―直腸がん手術

直腸がんの手術の場合に、患者さんにとって大きな問題になるのが、「肛門を残すことができるかどうか」です。最近では、非常に肛門に近くて従来なら永久人工肛門となっていた肛門の近くの直腸がんに対しても肛門縁から2〜3センチほど距離があって一定の条件を満たせば、永久人工肛門を極力避けて自分の肛門を残す超低位直腸切除術(反転法や括約筋部分切除を併用)を積極的に行っています。特に、括約筋部分切除を併用した超低位直腸切除術は、「究極の肛門温存術」ともいわれています(図3)。ただし、直腸がんの進行度、術前後の肛門機能や患者さんの日常の活動力などによっては直腸切断術(永久人工肛門)のほうがその患者さんにとって適切な場合もありますので、個々のケースで患者さんやご家族と相談したうえで方針を決めています。
 

図3肛門温存術

図3 肛門温存術

がんだけを攻撃する薬も登場

病期(ステージ)が進んでいた場合、手術だけではがんを完全に切除できない場合もあります。そうした場合は抗がん剤などを用いて治療を行います(これを化学療法といいます)。

大腸がんに対する治療薬も世界的に見て目覚ましく進歩しました。従来の抗がん剤に加え、新たに分子標的治療薬(ぶんしひょうてきちりょうやく)という新しい治療薬が登場したのです。これまでの抗がん剤はがん細胞だけでなく正常細胞まで無差別に攻撃するため副作用が強かったのですが、分子標的治療薬は、がん細胞だけを選択して攻撃するため、抗がん剤に比べ正常細胞への影響が少なく効果が期待できるといわれています。しかし、まったく副作用がないというわけでもありませんから、治療の際には十分注意して使用しなければいけません。

大腸がんではこうした新しい治療法が次々と開発され、いろいろな治療が選べるようになりました。最近、混乱を避けるため「大腸癌ガイドライン」という本が出版されました。医師用、患者用に分かれていて適切な治療が行われる手助けとなっています。もし、この本を手にとってくださったあなたや、あなたの周りで大腸がんにかかった人がいらっしゃったなら、ぜひこの「大腸癌ガイドライン」をお読みになることをお勧めします。

大腸がんは、全国で増加の一途をたどっています。腸内環境のバランスを保ち、がんにならないための一次予防を、さらにがんで死なないために二次予防である検診を受けることが元気な腸で若さを保つ秘訣(ひけつ)です。
 

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更新日:2023年03月24日