「知って得する乳がんの話」-初期治療に受けるにあたって患者さんからの「あるある」質問集-

執筆者 乳腺外科 科長 長谷川 聡(はせがわ さとし)

 

「初期治療」というのは他の臓器への転移(遠隔転移)がない乳がん患者さんの治療で治癒(ちゆ)を目指すものです。かつて乳がんは命を落とす危険性の高い病気でしたが、医療の発展とともに治る可能性が高い病気となりました。そのため、多くの方が「キャンサー サバイバー」として、もとの人生に戻っていきます。乳がんと診断されると「仕事も趣味もやめるしかない」「がんだから仕方ない」などと考えてしまいます。ですが、「がんになったことは人生のほんの一部の出来事」そう思える日がきっと来ます。がんになっても自分らしく生きていけるように、サポートをしていくのが私たちの役割であると考えています。厳しい言い方ですが、「不安だ、不安だ」といっているだけでは、自分らしく生きることにはつながりません。不安を解消するために、科学的な事実と何をすべきか知り行動していきましょう。病気の話をしようとすると「どうせ分かりませんから」とか、「素人ですから」と、はなから病気のことを知ろうとしない方もいます。患者さんの情報入手先は家族・知人・友人の口コミが70%以上を占めていると聞きます。残念ですが間違いも多いです。正確な病状を知らない近所の方に「全部取っちゃいなさい」と言われて乳房全切除を選択される方もいます。

まず、乳がんのことを知りたいと思ったら、一般社団法人 日本乳癌学会(外部リンク)のホームページを見てください。さらに詳しい情報が欲しい方には、乳癌学会の患者さん向け乳癌診療ガイドラインをお勧めしています。

もし、「乳がんかも?」と思ったら日本乳癌学会のホームページから乳癌学会が認定する乳腺専門医がいる施設を探して受診しましょう(認定・関連施設一覧(外部リンク))。当院は志太榛原二次医療圏で唯一の乳腺専門医がいる日本乳癌学会認定施設です。また、当院の新規乳がんの手術件数は年間約130件で 2020年9月16日の読売新聞によると静岡県では静岡がんセンター、県立総合病院、聖隷浜松病院に次いで4位でした。

本稿では、患者さんからの「あるある」質問に対してわかりやすく説明します。

目次

Q1 全切除と部分切除とどちらが良く治りますか?

がんを治す」ためには手術は重要な手段ですが、手術・放射線・薬物療法を患者さんの病状に応じて必要な治療を選び、最適と思われる順番で施行していくことが重要です。

全切除と部分切除とどちらが良く直りますかという質問ですが、全切除と部分切除(放射線照射と併用)を比べて生存期間に与える影響はほぼ変わりません。部分切除のみの方が乳房内の再発は多く、これを低下させるために手術の約1ヶ月後に放射線照射を追加します。日本では2000年頃より部分切除の割合が全切除より上回るようになりました(図1)

乳がん手術の変遷を表したグラフ

図1 乳がん手術の変遷(へんせん) (乳癌学会ホームページより)

どちらの術式を勧めるかは病変の広がり、温存したときの整容性、本人の希望を検討して一緒に決定します。当院では乳房温存手術は約50%程度です。

Q2 全切除すれば抗がん剤はしなくてすみますか?

乳房に出来たしこりは乳房にとどまらず、微小転移として全身に広がり潜んでいます。微小転移に対しては、手術や放射線治療など、乳房に対してのみの局所療法では治療として十分ではありません。再発させないためには全身に効果が及ぶ薬物による全身治療が不可欠とされています。部分切除・全切除、どちらにおいてもがんの性質によっては抗がん剤治療を含む薬物療法は必要です。

Q3 抗がん剤をするのですよね? 入院してするのですか?

乳がんの方が全員抗がん剤をするわけではありません。乳がんの薬物治療はがんの細胞の特性を判断して5つのグループに分けて、最適な治療を行います。がん細胞のホルモン感受性(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体の発現)、HER2蛋白と呼ばれる増殖因子受容体の発現、Ki-67と呼ばれる増殖(ぞうしょく)(のう)の指標などの生物学的な特徴に基づいて乳がんを5つのサブタイプに分類しています。エストロゲン受容体陽性のものをLuminal typeと呼び、1.エストロゲン受容体の発現が強く増殖能が低いものをLuminalA、エストロゲン受容体の発現が弱い又は増殖能が高いものLuminalBと呼びます。LuminalBはさらにHER2の状態で2.Luminal B-HER2陽性、3.Luminal B-HER2陰性とわかれます。4.HER2のみ陽性のHER2 typeと5.エストロゲン受容体もHER2も陰性のtriple negativeがあります(図3)。
 

サブタイプ別症例数を表した円グラフ

図3 サブタイプ別症例数(浸潤がん114症例)

そしてサブタイプによってどのような薬物療法をするか決定します。作用機序(さようきじょ)(薬が治療効果を及ぼす仕組み)別に分けた場合、いわゆる抗がん剤、ホルモン療法剤、分子標的治療薬の3つがあります。乳がんの治療成績を改善したのは手術ではなく薬物療法であり、乳がんでは手術以上に薬物療法が重要です。Luminal Aはホルモン療法が主体、Luminal B HER2陰性は化学療法+ホルモン療法、Luminal B HER2陽性には化学療法+ホルモン療法+ハーセプチン、HER2には化学療法+ハーセプチン、Triple negativeには化学療法を行うことが基本となります(表1)。
 

サブタイプ別治療戦略

表1 サブタイプ別治療戦略


皆さんが思い描く、脱毛や嘔気などの副作用が生じるものはいわゆる抗がん剤です。ですが、現在の乳がんの治療では、非浸潤(ひしんじゅん)がんも含めると50%以上の方は抗がん剤治療をしていません。また、今や抗がん剤は外来で行うのが常識です。抗がん剤を行う場合は脱毛や皮膚の荒れ、爪のトラブル、嘔気などの副作用が現れる場合もあります。脱毛に対してはウィッグの説明をしたり、嘔気に対しては予防的に嘔気止めを使用したりと様々な対応を行います。最新の検査として、様々な遺伝子を一度に調べてLuminal typeの抗がん剤の治療効果・予後を予測する“多遺伝子検査 OncotypeDx”がまもなく保険適応となり、当院で行えるようになる見込みです。

Q 4 乳房再建はできますか?

全切除の場合は乳房再建が選択肢となります。当院は、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会から「乳房再建用エキスパンダー/インプラント実施施設の認定」を受けています。ご希望があれば、エキスバンダー/インプラントを用いた人工物や自分の他の部位の筋肉(背中やお腹の筋肉)を用いた自家組織の再建を形成外科専門医と相談して行うことが可能です。

Q5 私の乳がんは遺伝ですか?私の身内には乳がんはいないのですが、本当に乳がんですか?

乳がんの患者さんの85%から90%は遺伝以外の環境因子が主に関与している、散発性と考えられます。遺伝子の変異が判明している乳がんを「遺伝性」乳がんと呼びます。乳がん全体の10から15%は「遺伝性」乳がんといわれています。(血縁者に乳がん患者が複数いる場合、乳がんになりやすい体質を受け継いでいることがあります。これを「家族性」乳がんと呼びます。)「遺伝性」乳がんの約75%はBRCA1とBRCA2という遺伝子の変異が原因とされ、卵巣がんの発症リスクも高く遺伝性乳がん卵巣がん症候群と呼ばれます。この遺伝子変異は調べることができます。乳がん発症者のうちの 1)45歳以下の発症、2)60歳以下のトリプルネガティブ乳がん、3)2個以上の原発性乳がん、4)第3度近親者内に乳がんまたは卵巣がん発症者がいる、5)男性乳がんの方達は2020年からBRCA遺伝子検査が保険適応となりました。採血のみの検査で、費用は3割負担の方で6万円程度です。BRCA異常を認めた場合は、詳しい説明や相談を行う遺伝子カウンセリングを受けます。この検査は手術前に行い、異常があれば手術方法の選択が変わります。乳房全切除をお薦めし、さらに予防的なリスク低減乳房切除・卵管卵巣切除についても検討します。当院では予防的に乳がんではない乳房を切除するリスク低減手術は実施していません。希望される方は浜松医科大学や県立総合病院へ紹介しています。

Q6 手術すると手が上がらなくなるのですか

昔は大胸筋と小胸筋を切除する手術が行われていましたが、最近の手術では筋肉を切除することは(まれ)です。しかし、筋肉を切除しない手術後でも、傷が開くのではないかと心配して腕や肩を動かさない方がいます。その場合は肩関節が動きづらく、固まってしまいます。一度肩関節が固まってしまうと動くようになるには時間がかかります。そのため、手術後は、傷が開くことを心配せず、リハビリをしっかり行ってください。当院では、手術入院時にリハビリのパンフレットを差し上げ、術後1年間は意識してリハビリを行うように指導しています。リハビリを行っていれば、手が上がらなくなるという心配は必要ありません。

Q7 がんに関する「相談窓口」はありますか?

がんの「なんでも相談室」のような存在、「がん相談センター」があります。就労支援からがんの生殖医療、アピアランス(外見)ケア相談、医療費などの患者支援を行っています。まずは乳がんと告知された時期にがん相談センターのスタッフと面談していただき、患者さんそれぞれの病気への理解を確認し、治療をする上での患者さんに寄り添った様々な悩みや問題点を話し合い、担当医と問題の解決に努めています。センターのスタッフには、担当医に言えないようなことを話すことができ、皆さんの心配事に寄り添い和らげて、治療がうまくいく方向へ手を貸してくれます。

がんの治療が始まると仕事や医療費の問題で悩む方が多くいらっしゃいます。それまでと同じように仕事を続けたり、家庭での役割を担ったりすることが難しくなることがあります。医療費の負担に伴う経済的な問題を抱える方も多くいます。でも簡単に仕事をやめたりしないでください。就労に関しても様々なサポートがあります。罹患(りかん)した際に、休職のために必要になる書類作成や、職場との間の調整にはメディカルソーシャルワーカーもお手伝いします。また、乳がん治療後の復職までの期間は時短で3ヶ月、フルタイムまで6ヶ月というデータがあります(表2)。退職をする前にまずは、主治医やがん相談センターにご相談ください。
 

がん治療後の復職までの期間

表2 がん治療後の復職までの期間
(出典:「増え続ける「働く世代のがん患者」のために企業ができること」(遠藤源樹)、「がんと就労」(横浜市医療局疾病対策部がん・疾病対策課作成)より)


妊娠を望む方には抗がん剤治療の前に、受精卵を凍結して妊孕(にんよう)(せい)(妊娠する能力)を温存する方法があります。その場合は専門家を紹介しています。医療費も主な治療費(表3)を提示します。高額ですが、高額療養費制度があります。

相談センターでは、手術をしたあとのボディーイメージの変化についての相談、脱毛についてはウィッグを、手術後の補整下着や人工乳房なについての案内もしています。自治体が出してくれる補助金のことも聞いてください。

表3 乳がんの治療費

※令和3年10月時点

  治療内容 入院期間 総額 3割負担
手術
(入院)
乳房部分切除術+センチネルリンパ節生検 7日 80万円 24万円
乳房部分切除術+腋窩リンパ節郭清 14日 110万円 33万円
乳房全切除術+センチネルリンパ節生検 10日 83万円 25万円
乳房全切除術+腋窩リンパ節郭清 14日 110万円 33万円
放射線治療 乳房部分切除後(16回)   46万円 14万円
乳房部分切除後(25回) 68万円 21万円
乳房全切除後(25回~30回) 100~120万円 30~36万円

※概算額は、標準的な治療をもとに算出した金額です。                
※治療の種類、病状等によって、上記以外の治療費(薬、検査等)が発生します。
※入院費用については、保険適用外(室料差額や病衣代)、食事代等が別途かかります。

表3 乳がんの治療費の続き

  治療内容 総額 3割負担
ホルモン
療法
リュープリン(12週毎 1年間) 22万円 7万円
ゾラデックス(12週毎 1年間) 21万円 6万円
閉経前後 タモキシフェン(1年間) 3~5万円 1万~2万円
閉経前後 トレミフェン(1年間) 6~16万円 2~5万円
閉経後 アナストロゾール(1年間) 5万円 2万円
閉経後 レトロゾール(1年間) 5万円 2万円
閉経後 エキセメスタン(1年間) 8万円 3万円
化学療法
(身長160cm、
体重50キログラムの場合)
AC療法(3週毎4回) 14万円 4万円
dd(dose dense)AC療法(2週毎4回) 56万円 17万円
EC療法(3週毎4回) 20万円 6万円
TC療法(3週毎4回) 19万円 6万円
ドセタキセル(3週毎4回) 11万円 4万円
パクリタキセル(毎週12回) 25万円 8万円
ddパクリタキセル(2週毎4回) 59万円 5万円
ジーラスタ 11万円 4万円
分子標的薬 トラスツズマブ(3週毎18回) 200万円 60万円
ペルツズマブ(3週毎18回) 760万円 230万円


乳がんが治ることを前提に、その後どのように生きていきたいかを考えながら治療を選択してほしいと思います。1か月から2か月程度の時間がかかってもそれほど急激にがんが悪化することは(まれ)です。いろんな人と相談しながら治療法を考えていきましょう。セカンドオピニオン(主治医以外の医師に意見を聞くこと)を受けていただいても良いと思います。当院にこだわることなく、自分に合った施設で治療を受けてください。そして、実際に治療を受ける際には、自分の人生で大切にしたいことを忘れずに治療を受けていただきたいと思います。
 

この記事に関するお問い合わせ先
藤枝市立総合病院

住所:静岡県藤枝市駿河台4丁目1番11号
電話番号:054-646-1111(代表) ファクス:054-646-1122


お問い合わせはこちらから

更新日:2023年03月24日