硬膜動静脈廔

硬膜動静脈瘻とは?

脳は、硬膜と呼ばれる硬い膜に覆われて頭蓋骨の中に入っています。硬膜は頭蓋骨を裏打ちする膜で、この膜の上や膜の中を、動脈や静脈が流れています。この血管を、硬膜動脈、硬膜静脈(あるいは硬膜静脈洞)と呼びます。硬膜動静脈瘻は、硬膜動脈と硬膜静脈(洞)が交通して、動脈の血液が直接静脈に注ぎ込んでしまう病気です。

正常な硬膜

図1

シャント

図2

静脈洞閉塞

図3

図1
正常な状態では、脳から流れ出た血液は硬膜静脈(洞)を通り心臓に向かって流れてゆきます。

図2
硬膜動脈と硬膜静脈がくっついて、動脈の血液が静脈の中に流れると、血液は逆流を始めます。交通部分をシャント(瘻)と呼びます。

図3
心臓に向かう側の静脈が閉塞すると、逆流が著しくなり、やがて脳へ向かう静脈が拡張し、脳そのものに影響を及ぼすようになります。


動脈の血液が静脈に注ぎ込むと、どのような問題が生じるのでしょうか?

動脈は心臓のポンプ作用によって全身に送り出される血液が流れており、静脈は全身から心臓に戻ってくる血液が流れています。

動脈の血圧は、皆さんが血圧計で測った数字と同じで、高い方の数字が100を少し超える程度です。これに対し、静脈の血圧は、およそ1/10程度しかありません。

動脈の血液が静脈に直接注ぎ込んでしまうと、静脈の中の血圧が上昇してしまいます。すると心臓に戻るはずの血液が、圧勾配に従い逆流を始めてしまいます。また、静脈は動脈ほど高い圧力に耐えられるように作られていないため、圧が高くなった静脈は引き伸ばされ、拡張してしまいます。逆流をしている部分ではいつまでも血液が心臓に戻ることができなくなるため、やがて行き場を失った血液はその場に滞り、組織は腫れあがってしまいます。

どこに向かって静脈が逆流するかによって、症状はさまざまです。

たとえば眼の静脈に向かって血液が逆流すると、眼の周りの組織が腫れあがります。眼が腫れて飛び出したり、白目が充血したり、眼の動きが悪くなって二重に見えたり、などという症状が出現します。この場合はじめは眼科を受診するため、眼科の先生がこの病気を疑って紹介してくれることも多いです。

たとえば耳の奥に向かって血液が逆流すると、血液が勢いよく流れる音が聞こえます。「ザクッザクッ」、「ドクンドクン」、「シュッシュッ」など、心臓の音、いわゆる「拍動音」が聞こえるようになります。これを拍動性耳鳴と呼びます。心臓の鼓動のような耳鳴りがとてもうるさく聞こえてしまう方はこの病気の可能性があるため、耳鼻科の先生から紹介を受けることもあります。

最も注意しなければいけない状態は、脳に向かって血液が逆流している場合です。

脳から流れ出る血液は硬膜静脈を通るため、硬膜動静脈瘻によってこの流れが阻害されると、容易に脳に向かって血液が逆流し、脳の中で血液が行き場を失ってしまいます。心臓に向かう側の静脈が閉塞すると、いよいよ逆流が著しくなり、徐々に脳が腫れ、圧力が高まり、やがて頭痛、物忘れ、受け答えがおかしい、などのさまざまな脳の症状を引き起こします。けいれんや脳出血などを起こし、意識が悪くなって救急搬送されてくる場合もあります。

脳に向かって血液が逆流している場合、この病気の死亡率は年間10.4%と報告されており、これは脳動脈瘤などのほかの脳血管障害と比較しても、非常に高い数字です。

ただ、脳に向かって血液が逆流している場合でも、全く無症状で、脳ドックなどで偶然見つかることもあります。無症状で見つかった場合は有症状で見つかった場合に比べると進行は穏やかですが、脳に向かって血液が逆流しているサインがあれば、治療対象になります。

硬膜動静脈瘻は稀に生まれつき存在していて子供に発症することもありますが、ほとんどは生まれてから何らかのきっかけで形成され、成人以降に発症します。硬膜動静脈瘻は原因不明のことが多いですが、外傷、感染、手術などに関連して形成されるものもあります。日本では年間に300〜400人しか発症しない珍しい病気です。硬膜は背骨の中にある脊髄という組織のまわりにも存在しており、非常に稀ではありますが、脊髄に発生することもあります。脊髄に発生した場合、四肢の麻痺、しびれなどの脊髄症状が生じることがあります。珍しい病気であり、症状が多岐にわたるために、さまざまな医療機関を受診し、脳神経外科にたどり着くまでに1年以上を要したケースも稀ではありません。

治療

重篤な症状があったり、症状がなくても出血のリスクが高い場合などは、治療適応となります。治療方法には、血管内治療、開頭手術、放射線治療があります。最近では血管内治療の進歩により、ほとんどの患者さんを血管内治療のみで治せるようになってきました。細いカテーテルを使って、動脈と静脈が交通している部分を閉塞させることで治します。閉塞させるために使われる塞栓物質は、コイルと呼ばれる金属がよく使われますが、2018年より本邦でも認可された、非接着性の液体塞栓物質であるオニキス(Onyx)の登場により、根治率が向上し、今までの血管内治療では治療困難であった硬膜動静脈瘻が治療可能となっています。Onyxは承認された医師しか使用できないため、静岡県内ではまだ数施設でしかこの治療を行うことはできませんが、当院ではオニキスでの多くの治療実績を有しています。外科治療と放射線治療は、血管内治療単独では根治できない場合に考慮される治療法です。

オニキスの実施医の認定証と治療に用いられるオニキスの画像

オニキスを用いた治療の例を提示します。

症状は無く偶然に見つかった硬膜動静脈瘻ですが、脳への血液の逆流が著しく、脳出血などを起こすリスクが高いため治療対象となります。

症例1 オニキスを用いた硬膜動静脈瘻の治療

オニキスを用いた硬膜動静脈瘻の治療前とカテーテルをシャント部分まで誘導したところ

Aは治療前の状態です。黄色いサークルで示したシャント(瘻孔)部分に細い血管が集結しているのがわかります。ここで、硬膜動脈と硬膜静脈が交通しています。シェーマで示すよりも、実際の血管構築は遥かに複雑であることがわかります。

Bはオニキス注入用のカテーテルをシャント部分まで誘導したところです。このカテーテルは径が0.5mmにも満たない、とても細いものです。このカテーテルからオニキスを注入してゆきます。
 

オニキスを注入している画像

オニキスを注入すると、カテーテルの先に黒い塊が形成されるのがわかります。A→B→C→Dと、注入を続けるにつれて、徐々に塊は大きくなっていきます。正面と側面の画像を同時に見ると、オニキスは前後・左右3次元的にさまざまな方向に流れていっているのがわかります。オニキスは液体なのではじめは血管の中を流れるように進みますが、時間経過とともに固まってゆきます。流れる性質と固まる性質をうまく利用しながら、「詰めるべき血管」を詰め、「詰めてはいけない血管」を詰めないようにオニキスの進行方向をコントロールします。

「詰めてはいけない血管」にオニキスが流れてしまうのを見逃すと、重篤な合併症に繋がりかねません。そのため、正面、側面両方のモニターをよく見つつ、詰めるべき血管か詰めてはいけない血管かを瞬時に判断しつつ、注入を進める必要があります。オニキスは時間経過とともに固まってしまいますから、立ち止まってゆっくり考える余裕はありません。

必然的にこの治療は、チームワークが極めて重要となってきます。安全性・確実性を高めるには、解剖を熟知した複数の医師が分担してモニターを凝視する必要があり、血管撮影装置を操る放射線技師や、治療の介助につく助手や看護師にも、一定の知識と経験が必要だと感じています。まさに脳血管内チームの総力戦と呼べるような治療です。
 

オニキスを用いた治療前と治療後

このように、十分にオニキスがシャント部分に行き渡ると、シャントや脳への血液の逆流は消失し、完治となります。治療は全身麻酔で寝ている間に行い、治療後6日目に退院となりました。まれに再発することもあるので、退院後も定期的に検査に来ていただきます。

オニキスが使用できない部位の硬膜動静脈瘻では、おもにコイル(プラチナ製の金属の糸)を用いてシャント部分を閉塞させます。コイルとオニキスを併用しないと治すのが難しいようなケースもあります。

症例2 右眼の腫れと複視、視力低下にて判明した硬膜動静脈瘻 ~眼科よりご紹介

右眼の腫れと複視視力低下にて判明した硬膜動静脈瘻の治療

症例3 無症状だが、脳への逆流を伴う硬膜動静脈瘻 ~遠方のクリニックよりご紹介

無症状だが脳への逆流を伴う硬膜動静脈瘻の治療

この病気の治療は、他の血管内治療と比べ治療時間が長くなる傾向があります。血管の膨大なネットワークの中から動脈と静脈の交通路を探し出す作業は、たとえるなら雨漏りの痕跡をたどって屋根裏にある小さな穴を探すようなもので、大変な根気が必要です。ひとつの穴を塞ぐと、これまで見えていなかった別の部分から雨漏りしはじめることもあります。頭頚部の血管の詳細な知識と、あらゆるカテーテルの技術を駆使して立ち向かわなければならない、とても難解な病気と言えます。
 

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更新日:2023年07月18日